気分がのらない時
- 藤井 浩行
- 2019年10月18日
- 読了時間: 2分
自分は人間だなぁと思うときがあります。当たり前と言えば当たり前の話なんだけど。
ここ数日、気分が落ち込んで気力がないなぁと感じます。
やる気が起きない自分がいます。
そんな時は「仕事を進めなきゃいけない」「成果を創らねばならない」「こんなことじゃダメだ」という思いで自分自身を非難しているようです。
“あせり”が出てきて、自分自身を責め、また落ち込んでいく、そんな感じです。

このようなパターンを、僕は人生の中で学んで身に着けてきたようです。きっとそれは幼少のころに形作られたパターンなのだと思います。
心理学の交流分析の分野では「ラケット」という考え方があって「幼児に、親の愛情を得る手段として形成された、一種の感情の条件反射」と「交流分析入門2」(チーム医療)には説明があります。
僕は、人から愛を得るために身に着けた不快感情と理解しています。
その感情状態にいると、いつかは誰かが自分のことを承認してくれる…そんな自分の経験から創り上げた迷信なのだと理解しています。
そして、その原因は記憶にはないし、潜在意識レベルのことだと思うので、原因追及はあまり意味がないと考えています。
原因になった相手の人(おそらくは両親)も悪意があったわけではないし、誰が悪いと責めることができることでもないし、そのことも含んで自分の人生には必要なことだったし、大切なのは過去のことでなく未来のことなので。
このブログを書くことで「やる気が起きない自分(の感情)」と向き合うことができたように感じます。
ブログを書いている途中で、僕は自分(の感情)と対話してみました。
イメージで「その感情」を取り出して「君は何が言いたいの?」と問いかけました。
そうしたら
「時間がたてば立ち直るよ」
「もし、もっと気分が落ち込んでも、底まで行ってあとは上がるだけだよ。今までもそうだった」
「今は、中途半端に“やらない”のではなく”まったくやらない”でもいいんじゃない」
と答えてくれました。
なんか、これだけで気持ちが楽になりました。
それに本当にやる気がなかったら、今こうしてブログ原稿も書いてないだろうと思います。
そんなことにも気づくことができました。
「このままでも大丈夫だ」と自分を承認することができました。
自分自身(の感情)と向き合うのは、ちょっと怖かったりしますが、しっかり向き合うこと(関心を持つこと)だけで解決していくように感じます。
答えは自分の中にあるんですね。
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