「使命」と「自己肯定感」
- 藤井 浩行
- 2019年12月27日
- 読了時間: 3分
先日、友人の、みなみさんが主催する「ワクワク夢大学予祝大忘年会」に参加しました。 その忘年会の中で参加者全員に向けて「自分のことが大好きな人!?」との質問がありました。 その時、なんの躊躇なく思いっきり手を挙げている自分がいました。 これまで生きてきて初めてのことです。

どちらかというと自己否定が強く、自己肯定感の少ない自分だったので、意外な自分にびっくりでした。
この一年ほどで、自分の内面が大きく変わっていることに気づきました。
この一年と、それ以前は何が違うのだろう。
そう自問をして、しばらくして出てきたのは、自分の使命が明確になり、それを生きているという認識があるということでした。
以前のブログに書いたことの繰り返しになるようですが、使命を意識しながら生きることが自己肯定感につながっているようです。
ちょうど一年ほど前、人生58年目にして、やっと使命が何かが明確になりました。
「『自分が源泉』研修を全国で行い、できるだけ多くの人に参加してもらう」
「『自分が源泉』研修を運営する後継者を育てる」
「その結果、一歩でも世界が愛と平和に満ることに貢献する」
「自分が源泉」研修は、僕が今まで参加者として受けた研修の中で一番衝撃的で、素晴らしいものでした。
大げさでなく、僕の人生が肯定的に変わるきっかけになりました。
27年前にその研修を受けた時は、22年後にまさかその研修の進行を自分がやっているとはまったく思いませんでした。
「自分が源泉」研修にはマニュアルはありません。ほとんど口伝のようなものです。
そして現在、ファシリテーターは、僕を入れて3名(他の2名は師匠の鈴木博さんと兄弟子の所幸蔵さんです)。
まさに絶滅危惧種の域に入っています(笑)
後継者を少しでも早く育て始める必要があります。
それはともあれ。
自分の使命を認識して生きていることが、自己肯定感につながっているのだと思いました。
そこに「生きる意味」があるからなのでしょう。
そして「使命」には大きいも小さいもないのだと思います。
僕の母は「子供たちの母である」が「使命」のようです。
なので59歳になった息子を、今でもあーだ、こーだと口うるさく言いながら心配しています(笑)
「僕を心配する母」は母にしかできない役割です。
母は、その「使命」を生きている時に幸せそうです。
僕の使命は、この大きな世界から見たら、ささやかなものだと思います。 しかし僕にとっては何物にも代えがたい価値であり、僕の存在を支えるものなのです。 そんなことを気づかせてくれた忘年会でした。
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